つねぽんの日記(独り言)

アルコール依存症、乾癬、潰瘍性大腸炎発症者です。飲まなくなって10年が経ちました。日々の思うことを不定期で書いていきます。

父のこと(2回目)

以前、父の幼少期について聞いたことを書いたが、今日、40歳になるまで聞いていなかったことを聞いた。

 

なぜ父方は家にお金が無く、父が大変な状況だったのか。

祖父は祖母と結婚後、店を始めようと土地を購入した。

ただ、それが不動産の詐欺だったようで土地は手に入らず、裁判を起こしてもお金は返ってこなかったようだ。

その後祖父は職を転々とし、稼ぎが悪かったようだ。

祖母も裕福な家育ちだったようで、家計をやりくりできなかったようだ。

ただ母方の家との繋がりは切れていなかったので、何故祖父母を母方の家は助けなかったのかは父はわからないようだ。

また祖父の家の話は全くわからないようだ。

詳しくは記載できないが、戦後数年経っていたとはいえ、父は不遇な幼少期だったのは間違いない。

自分のアルコール依存に繋がるのは祖父母の詐欺からがスタートなのではないかと考えてしまった。

父の兄弟も苦労した人が多い。

父が兄弟と連絡を取らなくなった理由も納得だった。

 

自分の家計は呪われているとは思わないが、世の中の理不尽、不公平を感じる話だった。

退院から10年

2015年11月20日

某精神病院を3か月の入院を経て退院。

そしてそこから昨日で10年。

 

仕事を失い、体を壊したところから始まり、

再就職もはじめうまくいかず。

それでも日々自助会に参加するなかで状況が変わっていった。

 

転職し、実家を出て、また転職。

コロナで母を亡くし、家族の形も変わった。

そこから3年前に妻になる女性との再会、結婚、そして家の購入。

今年は6年ぶりに転職。

 

目まぐるしい10年だった。

 

これからの10年もおそらく落ち着かない気がする。

 

それでも落ち着き、飲まない日々を過ごしていきたい。

前厄だからか?

今年は何かと慌ただしい。

7月に転職。問題なければ居続けようと思っていた職場だったが、諸事情で転職決意。

 

8月。3年振りのコロナ。

 

10月。父の入院。

 

11月。歯の問題で高熱。

 

後半になってから色々ありすぎる。

あまり気にしてなかったが前厄関係あるか?

 

8月で飲まなくなって10年。

10年飲まなくたって日常生活は日々すぎていく。

 

会社の仕組みでイライラしたり、転職失敗か?と悩むことも多いが、焦らず、怒らず、いばらず、腐らず、そして負けずに過ごしたい。

パーフェクトデイズ

役所広司主演でカンヌ国際映画祭で主演男優賞を獲得した作品。

 

主人公平山が渋谷のトイレ掃除を仕事とし、毎日を過ごす。

BGMは車の中で平山が流すカセットテープが主。

 

日々、淡々と過ごし中で、

・ずっと同じように過ごすことはできない。

・人も街並みを変わっていく。

・人の感情も移り変わる。

そんなことを感じた。

 

結婚し、7月に転職。

10年前にはありえなかった日々を今過ごしている。

平山が過ごしているような淡々とした日々ではないが、いつのまにか良い方向へと向かっていた。

こんな日々もいつかは変わっていく。

上皇后美智子様が年齢を重ねてできなくなったことに際して、

「今まで出来ていたことを授かっていたこととお思いになるのか,お出来にならないことを「お返しした」と表現され,受け止めていらっしゃる」といわれていたことを思い出す。

自分にも色々と出来なくなることもあるだろう。そうなった時は単に抗うことだけでなく、受け入れることもひとつとして考えていきたいものだ。

 

 

40歳になり

「あなたは同じような飲み方をしていれば、40歳まで生きられません」

 

当時、パワハラやいくつもの製品苦情に耐えられなくなった自分は住んでいた場所の大病院に鬱と診断してもらうためにかけこんだ。

25歳だった。

 

しかし、γ-GTPが200を越え、黄疸が出ていたことから約2週間入院。

その入院中に医師に言われた一言が始めの言葉だった。

 

あれから15年。

40歳となり、生きている。

30歳までお酒は止まらず、30歳で精神病院へ。

10年間、飲まない生活をいただいている、まさに与えられた時間。

 

この人生で10年、お酒を飲まないと生きられず、その後の10年は飲まない生活をいかにより良くするかを多くの仲間や人から教えられた。

 

今、仕事をし、結婚もし幸せだと思う。

これからの10年は恐らく今の人生を固めていく時になると思う。

そのためにも、負けないように過ごしていきたい。

お酒を飲まなくなってから思うこと

お酒を飲む前は感謝という言葉を不用意に使えなかった。

感覚として感謝ができない。

言葉としては理解している。

誰かに感謝をしましょう。そんなことを幼少期から言われてきたものの、まったくできない自分がいた。

社会人になり、ありがとうをいうタイミングだけは逃さないように気を付けるようになった。新卒で入社した際に教えてくれた先輩のおかげだ。

ただ、感謝というより礼儀としての挨拶としてしか理解できていなかった。

 

アルコール依存症と診断され、すぐに入院をし、3か月を過ごした。

すでに自分の人生は余白だと思っていた。

 

しかし、日々過ごし、AAのプログラムを行い、気づくと色々な良いことが訪れた。

 

今、感謝の意味がわかる。

 

今の現状、普通の生活を送っているのは自分だけの力ではない。

周りの人のおかげだ。

お酒を飲んでいた約10年間で出会った人々への感謝も沸いている。

 

人は感謝を知るタイミングがあるのだろう。

 

恥ずかしながら自分は飲まない日々を過ごさないと理解できなかった。

飲まない日々がくれたものは目に見えるもの、目に見えないものどちらも大きい。

結婚1年を過ごして

「誰も一人で死んでゆくけど

 一人で生きてゆけない」

坂本真綾さんの歌「ユッカ」の詩の一部。

 

夕食後、今、妻が目の前で真剣に推理小説を読んでいる。

すごく真剣な眼差しで読んでいる。

 

食事の後、自分は好きなゲーム配信者の番組を流していることが多いが、今日はお休み。

 

日常の中の1コマ。

 

2024年3月31日に結婚をし、1年を迎えた。

結婚してよかったと思えるのは、こういう何となく過ごして時間がとても穏やかに感じられること。

この1年、結婚の後、ウエディングフォト、新婚旅行、妻の就職、自分の仕事の役割変更、新居への引っ越しと色々な出来事があった。

その結果生まれたこの当たり前の日々が今はたまらなくありがたい。

 

2015年8月。自分はお酒の問題で精神病院へ。

失ったものが多かった。前を向くには現実は色々辛かった。

それでもこの10年、進んできた。その結果得られた幸せだ。

 

個人的にはこの数か月、仕事の役割が変わったことによるプレッシャーがきつく、折れそうになっていた。

しかし、妻がいることによって、1日1日を何とか過ごせている。

 

これからの10年、どう変化するか。

50代からが人生の勝負と恩師からの言葉。

 

焦らず

怒らず

威張らず

腐らず

負けず

過ごしたい。